三重県鈴鹿市の林業の現状

三重県鈴鹿市といえば、有名な鈴鹿サーキットや多くの神社仏閣で知られており観光・海産物のイメージが強い方も多いでしょう。しかしながら、山が多くの面積を占める日本列島の特徴そのままに、鈴鹿市もまた山林が市の大部分を占めており著名な材木ブランドをもつ林業の町としても知られています。一時期は林業が盛んで産業として貢献してきましたが、徐々に衰退を続けてお、非常に厳しいというのが現状です。そもそも、日本の林業は昭和の急成長の時代には建材や燃料としての需要が高く大きく躍進を遂げました。当時はまだ石油や天然ガスではなく薪や木炭がエネルギー源でしたし、建物も木造がほとんどであったためいくらでも需要があったのです。その後、商品になりやすい針葉樹を中心に政府主導で植樹が進み、これを「拡大造林」と呼びます。この拡大造林によって木材は工場のように安定的に供給されるようになり、日本の高度成長期をしっかりと下支えする要因となりました。ところが、エネルギー革命によってそれまでの薪や木炭は敬遠されるようになり需要はがくんと落ち込みます。建材としても鉄筋鉄骨コンクリートに取って代わられたうえに、円高が進んだ影響で外国産の木材がどんどんと入ってきて国産の材木では価格的に太刀打ちできず、廃業する山主が続出したのです。鈴鹿市でも同様で、昭和から平成の間に多くの林業廃業者が出ています。外国産の木材より品質も良く、国内で伐採できるため輸送コストなどを考えると「なぜ安くできないのか」といった論議もありますが、これは日本の地形に原因があります。ヨーロッパや東南アジアなどは平たんな地形に広大な自然林があるため伐採が容易ですが、日本は急峻な斜面に上って切らなければなりません。人件費もかさむため、現状では外国産の材木に圧されっぱなしということになっています。そのため三重県鈴鹿市をはじめとする自治体において材木のブランド化や林業の効率化が推進されており、現状の打破が期待されているのです。